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ルイベの語源 [ 北海道と食]

北海道には「ルイベ」という鮭を凍らせた刺身の料理があります。この「ルイベ」はアイヌ語に由来することは周知のことでしょう。もとのアイヌ語は「ルイペ」( ruipe )です。
(アイヌ語の場合、 p と b の区別はないので、「ルイペ」と言っても「ルイベ」と言っても誤りではありません。)

そのルイペ(あるいはルイベ)の意味について、ネットではこれまたいろいろに書かれています。それで正しい説明をしておこうと思います。


とはいえ、もちろん私はアイヌ語の専門家ではありませんが、知里真志保氏の文献によって、正確なところを紹介します。

 

■「ルイペ」=「溶ける魚」

まず、「ルイペ」( ruipe )の意味です。
ruipe は ru - ipe で、「ル」( ru )は〔溶ける〕、「イペ」( ipe )は〔魚〕を意味しています。したがって「ルイペ」は「溶ける魚」の意味だ、という説明が正解です。
(この「溶ける」を「融ける」と書くべきかどうかは問題でかもしれませんが、両者は同じ意味だと理解しておきます。)

ネットでは次のような誤った解釈があります。

・「イペ」を〔食べ物〕の意味だとして、「溶ける食べ物」という解釈。
確かに「イペ」には〔魚〕という意味と〔食べ物〕という意味とがあるのですが、〔魚〕とせずに〔食べ物〕とする解釈は正しくないでしょう。このことについては後段で説明します。

・「溶けた魚、または食物の意」という解釈。
「ル」( ru )を〔溶けた〕という現在完了で理解するのは誤り。これだと、すでに溶けてしまった魚という意味ですが、解凍された魚をルイベとはいいません。これは常識に類することでしょうか。しかし広辞苑に載っている解釈なんです。

・「ル」は〔溶かす〕、「イペ」は〔食べ物〕を意味し、「溶かして食べるもの」という解釈。
「ル」を〔溶かす〕という他動詞と理解しているのですが、これは誤り。「ル」( ru )は(完全)自動詞です。

■なぜ「溶ける魚」か?

しかし私たちの感覚だと、ルイベは「凍った魚」というふうに考えます。なぜアイヌ語では凍った魚を「溶ける魚」というふうに理解するのでしょうか。

口に入れると溶けてくるので「溶ける魚」だ、という説明がネット上にあります。確かにそうなのですが、それだけでは皮相な理解のようです。私たちの「凍る」という理解とは異なる理解をアイヌたちはしているという文化の違いを理解する必要があるようです。

それは次の知里真志保氏の引用から理解できると思います。
「アイヌ語研究の世界的権威と目されるバチェラー博士の辞書・・・は、これ(ルイペのこと)に対して「凍魚」という訳語を与えているのみである。事実凍魚にはちがいないけれども、食べるときは皮を火にあぶって塩をつけて食う。口の中に入れるととけてしまうので、アイヌはこれを「とける魚」と考えている。アイヌ語ルは「とける」イペは「魚」であるから、アイヌ語の心理に即して云えば「凍魚」ではなく「融魚」なのである。
 アイヌは氷のことをルプと言う、これも語源は「とけるもの」の義である。氷は日本語ではコオルという動詞から出て「コオルモノ」の義からコオリという名詞になったものと思われる。すなわち、そこでは水を常態と考えて、そこから氷に変化して行く過程に名づけたのである。アイヌの場合は反対に、氷を常態と観じて、それが融けて行く過程を注目し、融けるものと名付けたのであって、結果は同じでも内面的な心理はまさに正反対である。しかもこうした心理は恐らく北方の氷を溶かして使う極寒の地に永く住み侘びた民族にして始めて可能だと考えるから、それを以てアイヌの傍証南下説の一つとすることもできるのである。」(知里真志保「学問ある蛙の話」、『話人は船を食う』2000年、北海道出版企画センター)。

■「イペ」( ipe )は魚か食べ物か

さきほど、「イペ」は〔食べ物〕を意味するという理解は正しくない書きました。

このことについて、知里真志保氏は「和人わ船お食う」(『話人は船を食う』)で、およそ次のように説明しています。

「イペ」( ipe )は本来は「食べ物」を意味していましたが、後に「魚」の意味になっているのです。同様な言葉に「チェ」( chep )があります。これも「魚」を意味することばですが、本来は chi - e - p 、〔我らが・食う・物〕のことで、「食べ物」を意味する言葉です。それが魚を意味する言葉にもなっています。

「チェ」も「イペ」も、本来は食物を意味する語なのですが、後に魚の意味にもなっているということは、これはアイヌが魚を主食とした時代があったことを物語っています。
しかも主食とした魚は、あらゆる魚ということではなく、名前の起源からしてある特定の魚、鮭を主食としたのでしょう。

■鮭と魚

起源からして主食は鮭だったということについては、さらに次のように説明しています。

「鮭」をアイヌ語では、魚一般の「イペ」と区別して「シペ」( shipe < shi - ipe )〔真・魚〕と称します。 また同じく魚一般の「チェ」( chep )と区別して「カムイチェ」 ( kamuy - chep )〔神・魚〕と称します。
あるいは(これは白老地方のことであろうが)魚一般を元来の言葉である「チエ」( chiep )とし、それと区別して鮭を「チェ」( chep )と称している。
これらのことからは次のようなことが考えられます。かつては川には鮭が満ちていて、アイヌはその川で、単純な漁具と漁法で大量の鮭を収獲できたでしょう。そこで鮭をさして「チェ」=「我らの食う物」とか「イペ」=「食物」と呼んだ。

その後、漁具と漁法が進歩し、漁場が川から沼や海へ広がり、漁獲する魚の種類も多くなってくると、それらすべての魚を「チェ」とか「イペ」と呼ぶようになる。
そうするとそれらと区別するために鮭を「シペ」=「本物の食べ物、真の食べ物」とか、「カムイチェ」=「神・魚」と呼んだ。あるいは、「チエ」と区別して「チェ」と呼んだ。


 
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