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新村出のアイヌ語源説-サケの語源(2) [ 北海道と食]

サケの語源(1)

「サケ」の語源について、かの広辞苑には「アイヌ語サクイベ(夏の食物)からとも、サットカム(乾魚)からともいう」と書いてあります。アイヌ語源説なのです。ネットでアイヌ語源説の紹介が多くあるのはこのせいもあるでしょう。

アイヌ語源説の提出者は、広辞苑の監修者である新村出とアイヌ語研究者の金田一京助という、日本語の大学者です。彼らの説を詳しく紹介しましょう。

 

■アイヌ語源説

サケの語源(1)で示した語源諸説のうち、8がアイヌ語源説です。

「夏の食物の意のアイヌ語サクイベからか〔東方言語史叢考(新村出)(1927年)〕。アイヌ語シャケンベ(夏食)が日本語に入ったもの〔世界言語概説(金田一京助)のアイヌ語(下巻1955年)〕。」と日本語源大辞典に書かれています。

まずは新村出の説を詳しく紹介しましょう。

■新村説

新村「日本語かアイヌ語か」(『東方言語史叢考』(1927年)、初出は『民族と歴史』(1930年12月))には次のように書いてあります。

「サケという名称とその物産とが、古代のアイヌ民族と交渉する所があろうと推測するのは自然である。即ちサケという語はアイヌ語ではありまいかとの想像が起る。」
「上原熊次郎が天明寛政年間採集の結果を編輯した『蝦夷方言藻汐草』(文化元年自序寛政四年他跋)に由ると、鱒のことをシャケンベとある。バチェラー氏の辞典には、サクイベと綴り、春又は夏の鮭と解いてある。サクは夏の意、イベは食物の意であるから、語源は「夏の食物」の義であると出てゐる。徳内の採録したのは地方の土音か、又は多少の聞違か、いづれにせよシャケンベと聞いたとせば、古代の日本の人もかういうアイヌ語を聞いてサケという語が出来たと見てよからうと考へる。尚アイヌ語には、サトカムとて、乾魚を示す語がある。サトは乾の義、カムは肉の義である。又サトケとて乾かすよいふ意の動詞も見える。サトカムがサツカとなり、更にサカとなり、サケとなるというふことも、自然な径路であるけれど、寧ろ上述の解釈の方が適当であらうと思ふ。」

上原熊次郎は松前で生まれで蝦夷通詞となった人で、ロシアとの通訳もやった人ですが、阿部長三郎とともにアイヌ語辞典である『蝦夷方言藻汐草』(寛政四年、1792年)を刊行しました。これは文化元年(1804)に最上徳内の序文がついて2巻本で再刊されたのですが、どうしたことか本来の編者名が書かれた跋文が削除されています。それで最上徳内が編者と誤解されてきたようです。真の編者が上原熊次郎であることは金田一京助「蝦夷語学の鼻祖上原熊治郎と其の著述」(『藝文』第4年第8号、1913年10月、京都文学会。金田一京助全集第6巻、1993年、三省堂所収)によって明らかにされました。

新村出は「上原熊次郎が・・・編輯した」と書きつつも「徳内の採録した」とも書いている。誤記かとも思ったけど、新村は徳内の著と考えているようです。というのも 『蝦夷方言藻汐草』が「文化元年自序寛政四年他跋」だとしているからです。すなわち著者は「序」書いた徳内だとしているのです。金田一の論文によって上原熊次郎の名を明記しているにもかかわらずが徳内を著者としているのは、大きな誤りです。 最上徳内については、「最上徳内」(日本ペンクラブ:電子文藝館)

新村出は
サクイベ(夏の食物)→シャケンベ→サケ
サトカム(乾魚)→サッカ→サカ→サケ
の2つをあげて、前者が適当だと書いています。

彼が編纂した広辞苑での「アイヌ語サクイベ(夏の食物)からとも、サットカム(乾魚)からともいう」という説明と同じです。

■サキペとサッカム

これらのアイヌ語を検討しておきましょう。

まず「サクイベ」です。
アイヌ語の場合、「b」と「p」の区別がありませんので、「サクイベ」は「サクイペ」と同じです。アイヌ語では、sak - ipeのことです。sakは夏のこと、ipeは食物、あるいは魚のことです。夏の魚という意味です。
しかしそのsak - ipeは「サクイペ」と云うんじゃなくて、sakipeで1つの単語だから「サキペ」と言います。(だから広辞苑の「サクイベ」も誤り。)

ところでその「サキペ(夏食、夏魚)」は、実は「鮭(サケ)」ではなくて、「鱒(マス)」のことなのです。この点については、もっと後でまた触れましょう。

もう1つの「サトカム」あるいは「サットカム」です。
アイヌ語だとsat(乾いた)-kam(肉)のことです。
このsat-kamの音は「サトカム」や「サットカム」じゃなくて、satkamで「サッカム」と云うのでしょう。

これはどういう物かというと・・・。
古代に交易されたサケは、内蔵を取り出して天日乾燥したもので、「楚割鮭(ツワリサケ)」など呼ばれた。この干したサケを「干鮭(カラザケ)」と呼び、篭に入れて都に「調」として送ら、貴重なものだった、とあります。(第10回 千曲塾)

こうした交易品となっていた干し鮭のアイヌ語名が語源だということでしょう。

こうして、新村出の説明も広辞苑の「アイヌ語サクイベ(夏の食物)からとも、サットカム(乾魚)からともいう」という解説も、アイヌ語(の発音)としては、完全に誤っています。
とはいえ、サキペかサッカムのアイヌ語が語源であろうとしているところは理解できます。

さらに新村は『常陸国風土記』に出てくる「スケ」について次のようにも書いています。「このスケはサケの音の転形であろう」と。スケ→サケ、ではなくてサケ→スケだというのです。アイヌ語からサケになり、それがスケにも転訛したというのです。
サケとスケと、どちらが先なのか、ということも考えていいかもしれません。

続いて金田一京助の説を見てみましょう。(続く)


 
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