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下呂温泉(その1) [旅行先]

下呂温泉に行きました。宿のことはすでにアップしたので、ここでは温泉街のことを少し紹介します。

名古屋から特急ひだでJR下呂温泉駅に到着。
特急列車の同じ車両には、外国人(フランス人?)の団体や個人がたくさん乗っていました。
ほとんどは高山方面に向かったようです。

下呂駅前は駐車場が狭い。その脇に「歓迎 飛騨路 下呂温泉」の大きな看板があります。

下呂温泉は、日本「三大名泉」の1つとされていますけど、それは林羅山のおかげってことになってますが・・・。

羅山が有馬温泉で作った詩文集「西南行日録」に、「諸州多有温泉、其最著者、摂津之有馬、下野之草津、飛騨之湯島(下呂)是三処也」(「諸州に温泉を多く有す。その最も著しいものは、摂津の有馬、 上州の草津、飛騨の湯島、この三箇所なり」)と書いていて、3つめの飛騨の湯島が下呂温泉のことです。

ところで、この文章は「注書き」だそうです。
しかも羅山は有馬には行ったけど、下呂の温泉に入ったわけではないらしい。

実は、有馬、草津、下呂を「三大名泉」としたのは、室町時代に京都五山(相国寺)の禅僧だった万里集九だそうなのです。
彼は、応仁の乱を逃れて全国を行脚したのだけど、彼の著書「梅花無尽蔵」に「本邦六十余州、毎州有霊湯、其最者、下野之草津、津陽之有馬、飛州之湯島三処也」(「本邦六十余州ごとに霊湯あり。その最たるものは、上州の草津、津陽の有馬、飛州の湯島(下呂)、この三か所なり」)と書いて、3つの温泉を讃えていています。

羅山はそれを読んでいて、自分の詩文集に「注」として書いたようです。

そんなことはまぁともかくも、その三大名泉の1つに来たわけです。
ちなみに私は、有馬も草津も行ったことがなくて、下呂が最初になります。

下呂温泉街は線路の反対側。「近道」っていう看板に誘われて歩きます。

レトロな感じの街灯が立っています。

温泉街への遊歩道入り口。地下道ですね。

わぁ、地下道が綺麗に光っています。

地下道を抜けたところに、なんと温泉スタンドがある。

おじさんが軽トラに積んだ大きなタンクにお湯を入れています。
登録すると、温泉200L(浴槽1つ分)がたったの150円です。これはいいですね。
でもタンクから浴槽にどうやってお湯を入れるんだろ・・・。

そのすぐ近くに、大きなタンクがあります。

下呂温泉は、かつては各旅館が独自で温泉を汲み上げていたのですが、1974年から源泉の集中管理をしているそうです。
下呂温泉事業協同組合が源泉を集中管理していて、14カ所ある温泉井戸からの湯を温泉タンク(ポンプ所)に集めて、温泉街にパイプで供給しているんですって。ポンプ所は、幸田(下呂駅前)、湯之島(クアガーデン近く)、温泉寺、森の4カ所にあるそうです。
で、ここが幸田ポンプ所。そして手前にあった建物が下呂温泉事業協同組合なんです。

なんて正確な知識は、温泉から帰ってから知ったことなんですけどね。
だから川の中に鉄柱が立っていて、そこから電線のようにパイプが宙づりになっている姿を見ても、それが源泉の汲み上げ口だってことに気がつかなくて、写真を撮り損ねてしまったんです。

そんなタンクを観ながら、今夜の宿の「ラムネ屋」に向かいました。


翌日の早朝のこと。食事前に共同の露天風呂に入ろうと計画していました。

下呂温泉には、共同風呂がいくつもあるんですけど、その1つに無料の露天風呂があることを知りました。
しかも岡山県・湯原温泉の砂湯みたいな、周囲から丸見えの露天風呂だということなんです。
さすがにあんまり観られたくはないので、早朝に入ることにしたんです。

朝6時頃、明るくなったので浴衣姿でその風呂に向かいました。
でも外は、シトシトと小雨が降っているし、気温も低い。いいコンディションじゃないです。

露天風呂の場所は下呂大橋のすぐ脇。

「噴泉池」と呼ばれる露天風呂です。

ずいぶんと整備された露天風呂があります。そして橋の上から丸見えのロケーション。(笑)
入りたいんですけど・・・問題が。
丸見えなのはいいんです(私は露出狂ではありませんよ)
脱衣所の屋根がない(そもそも脱衣所がない!)ので、脱いだ浴衣が濡れそう。
しかもお湯がぬるい。これでは風邪を引きそうです。

ということで、今回は入湯を断念しました。(気弱ですね)

宿を早めにチェックアウトして、待ち合わせの時間まで下呂を探索しました。

下呂大橋を渡ると、噴泉池がよく見えます。
はやり、入っていると完全に丸見えですね。(笑)

その下呂大橋の渡り口に、曰くありげなオブジェ。

「白鷺が見つけて以来 一千年」
おれ?これちょっと変かな。

下呂温泉の発見は、延喜年間(901年~923年)とも天暦年間(947年~956年)ともいわれています。どっちにせよ、千年の歴史があるのは確かです。

ところが当時の温泉は、「湯が峰」という山の中にあったそうなんです。それが地震か何かの影響で、文永二年(1265年)に突然、温泉の湧出が止まってしまう。
しかしその翌年、飛騨川の河原に舞い降りる一羽の白鷺に村人が気づいて、そこの行ってみると、河原に温泉が湧いていた、ということだそうです。

この話は薬師如来と結びついて白鷺伝説になっているんです。
白鷺が見つけて以来は800年になっていないですよぉ。
なんて突っ込みを入れたりして・・。

それはともかく、お湯が出ています。熱めのお湯です。
小さすぎて入れませんよ。触るだけ。

橋の向こう側は、温泉街です。
後で言いますけど、ここが集九や羅山が書いた「飛騨の湯島」の現在の姿です。

阿多野川に沿ってホテルが立ち並んでいます。

川の脇を上って、合掌村に向かいました。合掌村のことは次にまわして、その後のことを続けます。

阿多野川の脇に「飛騨街道湯之島宿案内」という看板が。
ほう、やはりここが「飛騨の湯島」なんですね。

少し行くと「是より湯之島宿」という石柱があります。

午前中のせいか、閑散とした感じです。

お目当ての下呂発温泉博物館です。

入り口に向かうと・・あれ、どうも変です。

ウソーっ!休館日です。ガッカリ。

じゃあ、温泉に入ろっか!
なんて、そっちの方が嬉しかったりして。

すぐ近くにある共同温泉。洋館っぽいですね。

「白鷺の湯」。
しかしこういう洋館のデザインは、どうもなぁ・・・。

建物の脇に「日本三大名泉 発祥之地」の石碑。
さっきも書いたけど、集九や羅山が書いた「飛騨の湯島」は、確かにここ「湯之島」ですからね。

さて、中に入ると日本温泉協会の「天然温泉」の証書。
循環装置あり。加水・加温あり、塩素消毒あり、入浴剤なし、だそうです。
新湯の注入量は毎分18Lだそうです。
それで「天然温泉」ってわけね。しかしどうなんだろ・・・。

まぁともかく、脱衣所の2階へ向かいます。

2階に男女別(当たり前!)の脱衣所があります。

脱衣所に温泉分析表が掲げてあります。
源泉は「送湯ポンプ所」と書いてますが「湯之島ポンプ所」のことです。
ナトリウムが多くて、炭酸水素イオンが多いので、やはり美人の湯系ですね。

風呂は、階段を下りた1階にあります。
お湯は、ツルツル、スベスベ系です。でも塩素の臭いがすこしする。

毎分18Lだと循環にしないといけないのかな?
塩素は保健所の指導だから、やらないといけないのかな?
ちょっと残念な温泉です。

なんて思いながら、しかし温泉でしっかり暖まって、外に出ました。

駅に向かうと、阿多野川にかかった白鷺橋に、座っている人を発見。

あれ?見覚えあるよ!
ライムライトのチャップリンですね。

もしかして、ここにチャップリンが来たの?

下呂温泉がチャップリンと特別な関係があったわけではないようです。
でもこれ、寂しげな暗示がなかなかいいです。
隣に座って、寂しげなオジサン2人になりたかったけど、絵にならないから止めました。(笑)


 
タグ:岐阜県
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