しるこ、ぜんざい、亀山の由来:その名称と調理方法 [食文化]
昨日の記事に書きましたように、滋賀県の食堂で、「しるこ」、「ぜんざい」に加えて「亀山」と料理名を知りました。
この3つはどう違うんでしょうか?
調べてみたら、「しるこ」と「ぜんざい」の区別は関東と関西では違っているそうです。
整理するとこんなこと。
関西 | 関東 | ||
汁気あり | こしあん | しるこ | しるこ(御膳汁粉) |
汁気あり | つぶしあん | ぜんざい | しるこ(田舎汁粉) |
汁気なし | つぶあん | 亀山 | ぜんざい(小倉汁粉) |
「お汁粉とぜんざい違い」:http://www.rcc.ricoh-japan.co.jp/rcc/breaktime/untiku/130925.htmlなど
なるほど面白いですね。
しかしこの整理は正確じゃないんです。
調理方法の考察が無い!っていうのが、とんちゃんの批判です。
以下、さらに探求してみます。(^○^)
それぞれの名前や由来をさらに探求!
まず「汁粉」。
汁粉は、「小豆の餡を水でのばして汁として砂糖を加えて煮、中に餅または白玉などを入れたもの。」(広辞苑)ということだそうです。
その「小豆の餡」が、「こし餡」か「つぶし餡」かによって、出来上がるものが違ってきます。
どちらにせよ、餡からつくるのであれば「しるこ」と呼ぶことができます。
小倉汁粉は粒々の小豆が入っていますけど、蜜煮にした小豆を汁粉に加えているもので、やはりベースは「しるこ」なのです。
ところで、餡を水でのばして汁状にするから「汁」なんですが、なぜ「粉」がつくのか。
これには諸説があります。
さらしあん(水分4~5%程度に乾燥させた餡)は粉のようだ、古には具のことを「こ」と言ったなど。
でもこれらは全然違うと思うんですよ。
「こ」は愛称でしょう。「わんこ」の「こ」です。
しかも「あんこ」から作った「しるこ」という関係にある思います。
これがとんちゃんの解釈。この方がずっと素直。
次に「ぜんざい」。
関東では、「こし餡」でも「つぶし餡」でも、餡からつくれば「しるこ」と呼びます。
関西でも調理方法は同じですけど、「つぶし餡」からつくったものを「ぜんざい」と呼ぶ。
その「ぜんざい」の語源は?
これまた2つの説があります。
1つは「善哉」説、もう1つは出雲の「神在餅」説です。
「善哉」説では、「すばらしい」を意味する仏教用語の「善哉」が語源だとする説です。
夫婦善哉の「善哉」と同じですね。(*^^*)
「神在餅」説はと調べると・・・なんと!
「出雲ぜんざい学会」なるものがありました。
出雲ぜんざい学会:http://www.1031-zenzai.com/
そこにしっかりと説明があります。
ぜんざいは、出雲地方の「神在(じんざい)餅」に起因しています。
出雲地方では旧暦の10月に全国から神々が集まり、このとき出雲では「神在祭(かみありさい)」と呼ばれる神事が執り行われています。
そのお祭りの折に振る舞われたのが「神在(じんざい)餅」です。その「じんざい」が、出雲弁(ずーずー弁)で訛って「ずんざい」、さらには「ぜんざい」となって、京都に伝わったと言われています。
「ぜんざい」発祥の地は出雲であるということは、江戸初期の文献、「祇園物語」や「梅村載筆」(林羅山筆:儒学者)、「雲陽誌」にも記されています。
旧暦10月は「神無月(かんなづき)」と言います。神様がいなくなる月ってことです。
なんで神様がいなくなるか、っていうと、全国の神様たちが出雲(出雲大社)に集合するからなのです。
逆に出雲では、全国の神様が集まってくるから「神在月(かみありつき)」と言っています。
五十万の神さんが集まるんですから、そらもう、神さんのラッシュ状態でんわ!(^○^)
そのときに振舞われる餅入りの「神在餅」が語源だということです。
とんちゃんは、「神在餅」説を支持します!
この説だとすると、江戸時代には近畿に「ぜんざい」があったことになります。
でもここでちょっと問題なんです。
この「神在餅」は、小豆を餅と一緒に煮る「小豆雑煮」と呼ばれています。
「神在餅」は餡からつくらないで、小豆を煮てつくるのです。
しかし「しるこ」は餡を水で延ばすのです。
おわかりでしょうか。
「しるこ」と「神在餅」は、調理方法がまったく違う。
レシピが違うのです。
関西、というかたぶん京都に「ぜんざい」のレシピは伝わらずに、その名称だけが伝わった。
で、つぶし餡のしるこを「ぜんざい」と呼ぶようになった。どうもそういうことのようです。
さて最後は「亀山」です。
語源にはこれまた2つの説がある。
1つは、上質な小豆の産地で有名な丹波にある亀山に由は来する、という説明があります。
いかにももっともらしい。でもなんで、丹波じゃなくて亀山なんだ?
もう1つは、「亀山屋」説。
岐阜県の小屋名(現関市)出身の亀山さんが、明治30年頃に大阪の天満で「亀山屋」という餅屋を開店し、そこで小豆をつぶしていない田舎ぜんざいを売り出したところ評判になり、「かめやま」と呼ばれるようになった。
http://www.sudadenki.com/koganedamura/zenzai.htm
とんちゃんは、亀山屋説を断然、支持します。
明治30年代ですから、かなり新しい時代のことです。
当時、大阪にあった「ぜんざい」はつぶし餡をのばしたもので、小豆は潰れている。
これに対して「かめやま」は「小豆をつぶしていない」田舎ぜんざいだった。
たぶん小豆を煮て砂糖を加えたものと思います。
これは「神在餅」と同じ小豆雑炊です。
神在餅と同じレシピが初めて大阪に伝わった、ということになります。
しかも当時の「かめやま」は汁があったようです。
それが今の「亀山」のように「汁なし」になったのはその後のことだったのでしょう。
現在は、ぜんざいは小豆餡から作らずに、小豆を煮てつくっているのでないでしょうか。
そうすると亀山になってしまって、差がなくなる。
そこで亀山は汁なしに変化していった。っていうか誰かが変化させたんでしょう。
この変化の経緯については、まったく手がかりがありません。
コメント 0