SSブログ
 

龍ケ嵜名物 くづ餅:名称は誤用じゃないよ [食文化]

※昨日の記事の続編です。

P1460863
龍ヶ崎市にある名古屋食品さんで「龍ケ嵜名物 くづ餅」を買い求めました。

「龍ケ崎」じゃなくて「龍ケ嵜」「くず餅」じゃなくて「くづ餅」。  
誤記じゃないか?と疑問を持つ人もいるでしょう。

なんでそうなのか?
お店の人に聞いても「昔からそうらしい」ってこと以上はわからない。

これらの違いについて説明できないんだろうか? 
それが今回のテーマです。

結論は、どちらも文字の誤用ではないこと。
そして「くづ餅」は「屑餅」ではないか、ということです。

 

関東のくず餅について

 

◆2つのくず餅

「くづ餅」の話をする前に、和菓子の「くず餅」は2種類あること。それをまず知っていただきたい。
このことはwikipediaにも簡単に書いてあります。

ひとつは、「葛粉」から作った葛餅(くずもち)です。
葛粉は、クズ(葛)という植物の根からとったデンプン粉。その葛粉を水で溶いて砂糖を加え、火にかけて透明感が出るまでよく練り、型に流し込んで固めます。
透き通った外観で、ツルンとした食感で、黒蜜、きな粉をかけて食べます。

もうひとつは、小麦粉デンプンの「浮き粉」を発酵させたものを蒸した和菓子のくず餅
関東にだけあって「久寿餅」などと書かれます。この記事では「くずもち」と書きます。
白い色で、柔らかくて弾力があるのに粘りの少ない食感で、やはり黒蜜、きな粉をかけて食べます。
この「くずもち」は、亀戸天神社(江東区)、池上本門寺(大田区)、川崎大師(神奈川・川崎市)など関東の門前町の名産品となっています。

 

◆浮き粉

くずもちの原料の「浮き粉」は、小麦粉からグルテンを分離させた後のデンプンを粉にしたもの、と説明されてます

しかし「小麦粉からグルテンを分離する」というのは、実際のところどういうことか。
小麦粉に水を加えて練って生地をつくり、それからデンプンを溶かし出しすとグルテンが残る。これが麩(生麩)です。
他方、水に溶けだしたデンプンを乾燥させて粉にしたものが小麦デンプン浮き粉です。

だから浮き粉は生麩の副産物です。

浮き粉は、漿麩(正麩)、じん粉(沈粉)とも呼ばれ、和菓子に使われます。また貫雪粉という中国食材名もあり、中身が透けて見える蒸し餃子の皮など中華料理でも使われます。

脇道に逸れますが、元々は「浮き粉」ではなく、「沈粉」と呼ばれていたと思います。
デンプンは水に溶けないため、しばらくすると容器の底に沈みます。なので「沈粉」という呼び名が自然です。
「沈む」は縁起が悪いので、縁起をかついで「浮く」にして、「浮き粉」と呼び替えるようになったのだと思います。

 

◆浮き粉の発酵

浮き粉からつくる「くずもち」は、製造方法が特殊です。
浮き粉から直接に作るのでなく、浮き粉を発酵(乳酸発酵)させたものを使います。

発酵させる理由は、乳酸発酵するとデンプンの構造が変わって、餅が柔らかく、また冷蔵保存しても硬くなりにくくなるからです。

浮き粉の小麦デンプンとそれを発酵させた発酵小麦デンプンとを比べると、熱を加えて糊状にしたものの粘性が発酵小麦デンプンの方が低く、冷却したゲルの硬さも約半分となる。またゲルを低温で保存すると硬くなる(老化という)が、発酵小麦デンプンのゲルは冷蔵保存しでも硬さがあまり変化せず、老化しにくく柔らかい状態が維持されます。(野口治子「久寿餅と発酵小麦デンプン」『日本醸造協会誌』112巻2号、2017年


浮き粉は乾燥した状態では発酵しませんが、湿った状態では容易に発酵し始めます。
現在では浮き粉を意図的に長期間発酵させています。しかし当初は、偶然に浮き粉が発酵したのでしょう。

 

◆発酵についての誤った情報

「くずもち」を作る際の発酵については、誤った情報がネット上にあふれています。

1つ目は、小麦粉と浮き粉についての誤解です。
小麦粉を発酵させたらデンプンができ、それを使って「くずもち」を作った、という情報。
小麦粉を水と練ってグルテンを生成させ、生地から分離させたのが小麦デンプン=浮き粉です。それを発酵させて「くづもち」にするわけで、発酵によって小麦デンプンが出来るわけではありません。

2つ目は.「くずもち」は乳酸菌を含む発酵食品だという誤解。
小麦デンプンを発酵させますが、その後、酸味のある発酵臭を洗い流すので、乳酸菌はほとんど残っていないでしょう。だから、くずもち自体が発酵食品だというのは適切ではありません。

 

◆門前町の名産である理由

「くずもち」は関東の門前町の名産品だと書きました。その理由はと関係があります。
麩は、精進料理の材料で、寺の修行僧などの貴重なたんぱく源として、豆腐とともに古くから愛用されていました。
先に述べたように、麩は小麦粉のグルテンで、それを作る際の副産物として小麦粉デンプンが大量に残ります。そこで、その小麦粉デンプンを使った「くずもち」が門前町の名物になりました(参考:江戸期発祥「関東風くずもち」

 

「くづ餅」について

 

名古屋食品の「くずもち」は「くづ餅」という命名です。
なぜ「くず餅」じゃなく「くづ餅」なのか。
お店の方はその理由がわからなく、方言ではないかともおっしゃっていました。

この「くづ餅」は、元は「屑餅」だったのではないか。これがとんちゃんの仮説です。

 

◆四つ仮名

その前に、予備知識をひとつ。

「四つ仮名」(よつがな)と言います。

かつて、シ(si)、ス(su)は清音の有声音なのに対して、チ(ti)、ツ(tu)は破裂音で「ティ」、「トゥ」のように発音していました。
それぞれの濁音はジ(zi)、ズ(zu)、ヂ(di)、ヅ(du)ですが、ヂ、ヅは「ディ」「ドゥ」のような発音だったと考えられています。
しかし次第に「ヂ」が「ジ」へ、「ヅ」が「ズ」へと、発音が同じになっていきました。

明治になって歴史的仮名遣いが使われたとき、四つ仮名を語源通りに書き分けるようになりました。実際の発音が同じなった「ヂ」と「ジ」、「ヅ」と「ズ」をかき分けたのです。

しかし現代仮名遣いでは、語源通りの書き分けをやめ、本来は「ぢ」「づ」であるものも「じ」「ず」と書くことを基本としています。
ただし例外があります。
1.「鼻血」(はな)、「三日月」(みかき)、「気付く」(きく)のように、前の音との関係で「ち」「つ」が濁る場合(これを「連濁」といいます)には、「ぢ」「づ」と書きます。
2.「縮む」(ちぢむ)「続く」(つづく)のように同じ音が連呼されたために濁る場合。(wikipedia「四つ仮名」より)

 

◆「ず」と「づ」の混用か?

「くづ餅」の商品名についてお店の方は、方言による誤用だとも言いました。
「ヂ」と「ジ」、「ヅ」と「ズ」が同じ発音になる音韻変化は関東が先行しました。また、書き言葉でも両者が混同されるようになり、関東では「ず」と書くべきところを「づ」と書く混同があったそうです。
したがって「くず餅」と書くべきところを「くづ餅」と書いてしまったのかもしれません。お店の人の説明もありえなくはありません。

しかしそんな誤用ではない、と考えます。

 

◆「くづ餅」は「屑餅」

「葛」「屑」は、現代仮名遣いではどちらも「くず」と書きます。
しかし歴史的仮名遣いでは、それぞれ「くず」「くづ」なのです 。

「屑」とは、良い部分を選び分けたその残りもの、という意味です。

「くずもち」の原料は小麦でんぷんの浮き粉です。
浮き粉は、小麦粉からグルテンである生麩を取り出した後に、水に溶けだしたデンプンです。
その意味では、浮き粉は生麩を取り出した残りの「屑」です。
それから作ったお餅を「屑餅」(くづもち)と呼ぶことに、不思議はありません。
後に「屑」を意味する「くづ」を「くず」に書き換えるようになったのでしょう。

亀戸天神前で「くず餅」の老舗「船橋屋」は船橋出身で、千葉で食べられていた菓子を亀戸天神の門前で売り出したそうです。「くずもち」は、発祥地の千葉では「くづもち」と呼ばれていたかもしれません。

この仮説を裏付ける証拠はありません。
あれば面白いと思っています。

 

「龍ケ崎」と「龍ケ嵜」について

 

「龍ケ崎」の漢字表記については、現在でも「龍」なのかそれとも「竜」なのか、大きな「ケ」なのかそれとも小さな「ヶ」なのか、という問題があります。
正式な市の命名は「龍」と大きな「ケ」です。しかし当用漢字を使って「竜ケ崎」「竜ヶ崎」と書かれることが多いです。

ここで取り上げるのはそれとは関係なく、「龍ケ嵜」という記述についてです。

 

◆「埼」の異字

「崎」には「﨑」「㟢」「嵜」の異字体があります。(「山」の位置だけでなく、「可」の上にあるのが「大」か「立」かの違いがあります。)
どれを使っても誤りではありません。

「埼」が正字で「㟢」は同字、そして「﨑」と「嵜」は俗字、という説明がされることがあります。俗字とは、一般に使われてはいるが誤った字だ、というわけです。
理由は、「埼」と「㟢」は、「山」の位置が違うが、「可」の上にあるのが「大」だから同字。しかし「﨑」と「嵜」は、「可」の上にあるのが「立」だから誤りで、俗字だ、というわけです。

しかし正字か俗字かという区分は、戸籍に使っていい字か否かという、お上が決めたことであって、漢字として正しいかどうかということとは必ずしも一致しません。  

実は、漢字の成り立ちからすると、「可」の上が「大」か「立」かの違いは、問題ではないのです

本来、「埼」のつくり(右)の「奇」という文字は、「可」と「大」の組み合わせではなく、「奇」の口がない文字(活字にない文字)と「口」の組み合わせなのだそうです。
そして「大」の部分は人が立っていることを表していて、「立」と同じなのだそうです。
だから「崎」と「﨑」とは同字であり、「山」の位置が違う「㟢」と「嵜」も同字なのです。詳しくは以下の情報をご覧ください。
「崎」「﨑」違いは?俗字・旧字は間違い!字源にさかのぼって徹底解説するよ

 

◆「龍ヶ嵜」の使用があった

「龍ヶ嵜」という記述についてネットで検索したところ、いくつか見つかりました。

江戸後期の「関東自慢繁昌競」や明治初年の資料には「龍ヶ嵜」という記載があります。  
史料:
1.関東自慢繁昌競
2.池田真由美「明治三~四年葛飾県鬼越村見張所記録の分析と紹介」(『国立歴史民俗博物館研究報告』第155 集、2010年)

江戸時代に「龍ヶ嵜」という書き方も普通にあったのは確かなようです。

また力士には、竜ヶ嵜枩(松)太郎(1904年初土俵、1918年引退)、龍ケ崎市出身の竜ヶ嵜唯雄(1935年初土俵、1946年引退)がいて、苗字には「竜ヶ嵜」が使われています。

 

というわけで、「龍ヶ嵜」は誤記ではない、というわけ。


 
nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント