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上越市直江津の神社 [ 神社仏閣]

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丸亀製麺とブラックサンダーの記事を挟みましたが、ふたたび上越市直江津でのことに戻ります。

直江津に行ったときに市内をフラフラ歩きながら神社を拝見しました。
せっかくだからアップします。

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泊まったホテルがこの神社の参道脇、っていうか境内にあったんです。

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松島の瑞巌寺、そして松島寺の廃寺 [ 神社仏閣]

東松島市からの帰り道、松島町にある瑞巌寺に立ち寄りました。
とんちゃんは何度か来たことがありますが、同行者は未訪とのことだったので。

そしたら、震災の津波に被災して、境内を修復中だってことを知りました。
しかも瑞巌寺の歴史について意外なことを知りました。

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国宝になっている瑞巌寺。

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立派な石畳です。

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この石畳は、硯(すずり)にもちいられる「雄勝石」を使っているそうです。
今では石巻市になった雄勝町で産出される硯石です。

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蝦夷進出の輸送基地こそ鹿島・香取 鹿島神宮@茨城県鹿嶋市 [ 神社仏閣]

今日は祝日でお休み。
どんな祝日かっていうと「建国記念の日」、かつての「紀元節」です。
紀元節とは、神武天皇が即位した日のこと。
神武天皇は日本最初の天皇ってことですが、もちろんまったく神話上でのこと。
そんな神話をもとにした公休の記念日があるなんて呆れたもんです。
と、思ったらお隣り韓国にも10月3日に開天節という神話にもとづく公休日があるんですね。
どっちもどっち、と言えなくもない。
でもあっちは今は実在しない系譜の祖、こっちは万世一系と強弁される現存エンペラーの祖のことで、こっちは神話が現在に延長されているところが違っています。

さて、今日の話題は、そんな記念日だからというわけではありません。(たまたまそうなった)
宮城県石巻市の神社の記事を先日アップしました。
そしたら1月に参詣した鹿島神宮が、実は石巻つながりだったんです。
ということで、石巻つながりで鹿島の話題なんです。


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鹿島神宮に行ってまいりました。

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「神宮」を名乗る神社は、いまではいっぱいあります。
927年にまとめられた神社の一覧表「延喜式神名帳」ってのがあります。
その中で「神宮」なのは、大神宮(伊勢神宮内宮)とここ鹿島神宮、そして香取神宮の3つだけなんですよ。
神宮はたったの3つ。
だからここは由緒正しき「神宮」ってわけ。
香取神宮と合わせて鹿島神宮がなぜそんなに重要神社だったかは後ほど書きます。

ところで鹿島神宮の鹿島は「島」。でも神宮がある鹿嶋市「嶋」なんです。
佐賀県鹿島市との重複を避けて「嶋」の字にしたらしい。
鹿嶋市の市制施行が1995年、片や佐賀県鹿島市は1954年ですもんね。大先輩だ。
地元は、旧町名が鹿島町で、鹿島アントラーズの本拠地だから鹿島市にしたかったみたい。
でも実は「延喜式神名帳」の社名が「鹿嶋神宮」だったもんで、なんとか「嶋」に落ち着いたらしい。

というわけで、延喜式でのかつての社名は鹿嶋神宮、今の社名は鹿島神宮ということだそうです。

ここ鹿島神宮の祭神は、奈良の春日大社と同じ神様なんだそうです。
そう聞くと、奈良の方が本拠かと思うと、いえいえ、実はこっちが本拠なんです。
春日神社の大本だ、ということは興味深い歴史がありますよ。

さて、ではまずは鹿島神社の様子から。

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石巻へ鹿島・香取からの海の道 日和山の鹿島御児神社@宮城県石巻市 [ 神社仏閣]

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今回の記事は、訪問した神社・仏閣から歴史をさぐるジャンルです。
神話の背後には歴史がある、っていう探索が好きなんです。

石巻市の市街地に標高60mもある日和山があります。
そこにある神社について。

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日和山公園にある石の鳥居。

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鹿島御児神社です。

この本殿が、東日本大震災の地震で基礎に大きな亀裂が何ヵ所入り、危険なので解体することになりました。
しかし氏子地域が被災地のため、本殿再建の資金の見通が立っていません。
そこで、ネットでも募金を呼びかけています。鹿島御児神社HP:http://kashimamiko.org/

さて、この神社は、鹿島神宮や春日大社と深いつながりのある神社なんです。
そして石巻が歴史的に重要な役割を担ったことも物語っています。

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謎が多い宇佐神宮と八幡神 [ 神社仏閣]

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大分県宇佐市に泊まりましたから、せっかくなので、宇佐神宮を見学に行きました。

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表参道商店街を抜けたところにある一之鳥居。

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二木の松と竹駒神社@宮城県岩沼市 [ 神社仏閣]

岩沼市街にある名所へ向かいました。
ついでに歴史もいろいろ紐解いてみました。

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二木の松史跡公園。
この奥に何かがあるんじゃなくって、この門の脇にあるんです。

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この2本の松です!

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その根元を見ると・・・
2本の松が1本になっている!(*゚Д゚*)ェ…
これが「二木(ふたき)の松」です。

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「武隈(たけくま)の松」というのが本来の名。
1689年に松尾芭蕉がこの松を訪れて、句を詠んだそうです。
 「櫻より松ハ二木を三月越シ」
 ”桜にもまして、見たいと思っていたあの二木の松を江戸を出て三ケ月越しに見ることができた”
ただし現在ある松は芭蕉が見たものではなく、1862年に植えられたものだそうです。

「武隈の松」とあるように、この地はかつては「武隈(たけくま)」と呼ばれていました。
市内には阿武隈川がありますが、平安時代の頃には「阿武隈」と言われ、後に「阿」の文字が取れて「武隈」になったものだそうです。
岩沼市「岩沼のはじまり」:http://www.city.iwanuma.miyagi.jp/kakuka/011000/iwanumahan4.html

ところで、この武隈の松は藤原元良(元善)が陸奥国司として着任したとき館の前に植えたのがはじまりとされています。
陸奥国府は、最初は仙台郡山にあって、724年に多賀城に移ります。
藤原元良は937年に没しますから、彼が赴任したときの国府は多賀城にありました。

では岩沼にはいったい何があったのか?
かつて国府があったという説について、wikipedは否定していますが・・・・

こんな説があります。
869年に貞観津波があったことは有名ですが、それ以前の660~690年のどこかで大津波があった、というのです。
飯沼勇義氏はそれを
仙台沿岸津波と命名しています。
仙台郡山の国府がその大津波のために消失してしまった。
発掘調査によると、郡山官衙は7世紀半ば~末のⅠ期と7世紀末~8世紀初めのⅡ期の2つに分けられるそうです。
これを分かものが大津波であり、そして国府を多賀城に移したのも津波に要因があった。
 飯沼勇義『仙台平野の歴史津波』:http://www.hondainsatsu.co.jp/pg113.html

そして、国府が津波で流されたため、岩沼に国府武隈館(たけくまたち)を造った。
場所は千貫(せんがん)山麓(長谷城址)です。

藤原元良は、その武隈館の前に松を植えた、ということになります。
 飯沼勇義
「国府多賀城、国府武隈館(たけくまたち)の歴史津波」:http://www.hondainsatsu.co.jp/_userdata/nipponjishinkougaku_08.pdf


泊まったホテル近くの神社を散歩がてらに見学しました。

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岩沼駅の南東にある神社。

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竹駒神社。【日本三大稲荷】だそうです。
日本三大稲荷と自称する稲荷神社は全国に数多くありますが、ここもその1つです。(^-^)
竹駒神社は、伏見稲荷、笠間稲荷と自社が三大稲荷だと自称しているようです。

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笠間神社@茨城県笠間市 [ 神社仏閣]

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笠間に来たんですから、日本三大稲荷の1つと自称する笠間稲荷神社に行ってみました。

ただし「三大稲荷」というのは正確には存在しません。
総本宮の伏見稲荷と有名な豊川稲荷などに自社を加えて三大稲荷と称する神社がたくさんあるんです。
「三大**」って、そういう自称がよくありますよね。言った者勝ちだから。

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笠間稲荷の「門前通り商店街」を南側から見たところ。

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笠間稲荷神社の参道入り口。
入り口にキツネのオブジェがあります。

不思議なことに鳥居がありません。
というのも東日本大震災で壊れたようで、一の鳥居のあったところに縄が張ってあります。

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すし切り祭りの下新井神社と物部氏の関係 滋賀県守山市 [ 神社仏閣]

滋賀県シリーズ最終回は、とんちゃんが立ち寄った、とある神社のことです。

滋賀県の有名な郷土料理に鮒寿司があります。
琵琶湖のニゴロブナなれずし(熟れ鮨)で、乳酸醗酵していて臭い。
いや醗酵したチーズが好きな人には、大変に美味です。\(^▽^)/

その鮒寿司を古式にのっとる作法で神に献上する「すし切り祭り」が行われる神社があります。
野洲川左岸の守山市幸津川(さづがわ)町にある下新井(しもにいかわ)神社です。

裃(かみしも)姿に脇差を差した若者2人が真魚箸(まなばし)という鉄製の箸と包丁を両手に持って、まな板に載せられたふなずし10尾を切り分ける、というもの。古式の包丁式ですね。
その後に行われる「長刀振り」「諫鼓(かんこ)の舞い」とともに国の無形民俗文化財に指定されているそうで、その祭り全体は「ケンケト祭り」という変わった名称がつけられているそうです。
祭りは5月4、5日に催され、すし切は5日の正午に行われるそうです。

ことしの祭りはもうすぐです。ご興味のある方はお急いぎください。
守山ガイド:http://www.moriyama.gaido.jp/kankou/maturi/susikiri.html

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下新川神社
「下」ということは「上」があるんだろうか・・・。 はい、あるんです。それは後ほど。

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さすが立派な鳥居です。
参道の砂利もきれいに整備されている。

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【由緒略記】によると、主祭神は豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)と新川小楯姫命(にいかわこたてひめのみこと)。
豊城入彦命は崇神天皇の第1皇子、新川小楯姫命は近江の国神で地の司水神とのこと。
この祭神のことも後ほど書きます。

由緒によると、祭神の豊城入彦命が東国平定のために湖西から丸太のイカダで渡ってきて、この地を平定し、幸津川の里と命名したとあります。
そのときに、鮒寿司を献上したところ大層喜んだ、という故事が鮒切り祭の起源とされています。
霊亀元年(715年)に小さな祠が建てられたのが神社の始まりらしい。

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例大祭はその5月4、5日です。

参道の突き当たりに倉があって、そこを左手へ曲がると社殿があります。

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入母屋造の大きな拝殿があって、その後方に本殿があります。

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手前に中門があって、垣の中に本殿があります。

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檜皮葺の大きな覆屋根。

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中門から本殿を覗いたところ。

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市の指定文化財が3つあるそうです。最後にすしきり祭りのことが書いてあります。

この神社の由緒について調べてみました。

ここは下新川神社ですが、同じ守山市立入町には新川神社という神社があります。
しかも野洲(やす)川を挟んだ対岸の野洲市にも新川神社がありまし
2つの新川神社は野洲川を挟んでまさに向き合ったような位置関係です。
ここ下新川神社と合わせて3社はどういう関係なのでしょうか。

平安時代中期に編纂された「延喜式」には、近江国野洲郡に「上新川神社」と「下新川神社」があるそうです。
下新川神社はこの記事で紹介した神社ですが、上新川神社はどっちの「新川神社」なのか。

そもそもなんでて上・下の新川神社ができたのか。

守山市立入町の新川神社の社伝によると、霊亀二年(716年)に大新川神霊を野洲・幸津川二邑に分祀する、とあるそうです。
新川神社(守山市):http://www.genbu.net/data/oumi/niikawa2_title.htm

こういう記述もありました。

野洲川下流域には3つの新川神社があります。すなわち、野洲町野洲の新川神社守山市立入町の新川神社(上新川神社)、すしきり祭で名高い守山市幸津川町の下新川神社です。3神社は9世紀の『日本三大実録』にその名がみられ、暴れ川野洲川を鎮める司水神をまつった古社です。上新川神社の社伝によれば、霊亀2年(716)野洲川が大氾濫し、新しい流路をつくったので神霊を対岸の野洲と下流の幸津川に分祀したと伝えています。
国土交通省 近畿地方整備局琵琶湖河川事務所「野洲川風土記」
http://yasu.biwakokasen.go.jp/kurasi/inori/jinjya/

野洲川の氾濫で分祀されたようです。
時期は霊亀2年(716年)で、下新川神社の由来にあった霊亀元年(715年)と1年違い。

このあたり一帯はもともと立入庄と呼ばれた古郷であり、野洲川の氾濫によつて立入庄が二分されて、一方は野洲町に、一方は旧守山町に分離したのである。おそらくその折に、分割された方の立入庄にもとの鎭守神たる新川社を奉祀した(当社)ので、結果として新川神社は河を挟んでの二社を存することとなった。http://www.geocities.jp/engisiki/oumi/bun/oum220406-02.html

新川神社は立入庄にあったのですが、野洲川の氾濫で立入庄が二分されてしまったので、分離された方に新たに新川神社が分祀され。さらに野洲川下流の幸津川邑にも分祀され下新川神社になったということのようです。

 

次に祭神について。

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安芸の宮島と厳島神社 [ 神社仏閣]

桜がいまだ咲かないころの広島でのこと。
広島には世界文化遺産が2つあります。
1つは原爆ドーム、もう1つは安芸の宮島。
原爆ドームは行ったことがあるけど、宮島には行ったことがなかった。
暗くなるまで少し時間があったので、初めて宮島に行ってみました。

広島駅から宮島口駅まではJRで約25分の距離。
宮島口桟橋からフェリーに乗ります。
フェリーはJR連絡船と松大汽船が運行しているけど、JR連絡船に乗りました。

JR連絡船に乗り込み。
改札口みたいなものがなくて、スーッと船に乗り込んじゃいます。

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三宅島の神社:御笏神社(おしゃくじんじゃ) [ 神社仏閣]

今回も、もう1回神社ネタです。

三宅島の神社をもう1つ拝見しました。

神着にある「御笏神社」。
提灯が下がっていて、お祭りの準備のようです。

毎年7月に「天王祭」が行われるそうです。

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