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和人はサケとマスを区別しなかった?-サケの語源(7) [ 北海道と食]

アイヌ語のサケとマス-サケの語源(6)

サケの語源だとされる sakipe 「サキペ」はサケのことではなくて、マスのことなのです。しかしどうしてそんな取り違えが起きたのか?

取り違えの理由を金田一京助は、アイヌがサケとマスを混用している場合があるという説明をしていますが、それは誤りでしょうということを書きました。

ところが金田一はもうひとつの説明をしていました。江戸の人々はマスとサケとを区別せず、ともにシャケと呼んでいたというのです。
ということは日本人は昔からサケとマスとを区別していなかったのでしょうか。?

 

■サケとマス

マスとサケについては、「サケとマスの違い」に書いたように、サケもマスもともにサケ科の魚で、いまでは両者を区別せずにサケマスと呼んでいます。
そのうち日本では、シロサケを「サケ」、サクラマスを「マス」と呼び、どちらも海へ下る魚なので、体が大きい。

江戸時代は、北海道のサケやマスは塩漬けにして売られていました。そしてサケもマスも区別せず、ともに「シャケ」と読んでいたのでしょう。
ということは日本人は昔からサケとマスとを区別していなかったのでしょうか。

■奈良時代からサケとマスを区別した

そんなことはありません。
サケもマスも、日本の古くからの文献に載っています。しかも、しっかり区別されています。

「サケとマスの違い」に書いたように、奈良時代の『出雲国風土記』(733年)には、「年魚鮭麻須伊具比」と言う記述があります。「年魚」はアユのこととされ、「麻須」はマス、「伊具比」はウグイのことです。だから、「アユ、鮭、マス、ウグイ」というように、書かれています。
また、『常陸国風土記』(710年)には、「鮏」として、鮭が出てきます。

こうして奈良時代には、サケとマスとが区別されていた。そう考えるべきでしょう。だから金田一の説明は誤っていると思います。

しかしもしかしたら、金田一は、にもかかわらず江戸時代にはサケとマスとを混同してシャケと呼んでいたのだ、と言いたいのかもしれません。それもありえなくはありません。
でも、「金田一京助のアイヌ語源説」で書いたように、金田一は1933年にこの説明をしていましたが、それ以後はこの説明を使わず、1956年には、アイヌ自身が夏のサケをサキペと呼んでいるという説明に完全に移行しています。

奈良時代からサケとマスとを区別していたのに、江戸時代になって区別しなくなったという説明は、やはり無理があるからでしょう。

■サキペはサケの語源なのか?

さて、こうしてアイヌ語のマスを意味するサキペがサケの語源であったとする説を検討してきましたが、しかしその結果は、
・サキペの音はサケの語源のように思える
のですかが、しかし
・マスを意味する語がなぜサケを意味するようになったか
この疑問は解けません。

だからサキペ(マス)がサケの語源であったという説明は、語呂合わせではあっても、語源の説明としては不十分です。


 
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