南蛮とは?:カレー南蛮や鴨南蛮、南蛮煮、南蛮漬けの「南蛮」の由来 [食文化]
きのうの記事に「カレーそば」のことを書きました。
その料理を食べていて疑問に思ったのです。
蕎麦屋ではカレーをかけた蕎麦のことを「カレー南蛮」と言います。
「カレー南蛮」の「南蛮」とはなんのことだろう?
「カレーそば」と「カレー南蛮」とは違うのだろうか?
「カレー南蛮」は明治時代に誕生した料理で、「鴨南蛮」は江戸時代からある料理です。
では、その「鴨南蛮」の「南蛮」と「カレー南蛮」の「南蛮」とは同じなのか?
◇鴨南蛮の「南蛮」についてのネット情報
「南蛮」の由来についてネットをググってみると・・・
これがまた毎度のように納得できない説明がいっぱい。
長ネギや唐辛子を使った料理を「南蛮」と呼ぶ、とあります。(wikipediaなど)
「鴨南蛮」に関して、ネギが「南蛮」と呼ばれたためとか、「南蛮」は「なんば(難波)」に由来するという説明があります。
しかしどうも納得できません。
色々ググった結果、なるほどそうか!と納得した「南蛮」の由来についてまとめましょう。
◆「南蛮」がつく料理
まずは「南蛮」がつく料理をいくつか挙げてみましょう。
南蛮菓子(カステラ、金平糖など)、南蛮漬け、チキン南蛮、南蛮味噌、南蛮煮。
そして蕎麦屋の鴨南蛮、鳥南蛮、肉南蛮、カレー南蛮。
どれも「南蛮」がついていますけど、その由来はそれぞれ違うのです。
そんなことを解き明かしましょう。
◆南蛮渡来の「南蛮」
まず「南蛮」とはなにか?
「南蛮」は「南蛮渡来」の南蛮で、江戸時代にはインドシナや西洋(ポルトガル・スペイン)のことを「南蛮」と呼んでいました。
「南蛮」は本来は蔑称です。古代中国では四方に居住していた異民族に対して、東夷(とうい)、西戎(せいじゅう)、南蛮(なんばん)、北狄(ほくてき)という蔑称を使っていました。
なので南蛮渡来の料理に「南蛮」の名がつきました。
カステラ、金平糖などの「南蛮菓子」の「南蛮」は、まさにその意味です。
◆南蛮漬けの「南蛮」
「南蛮漬け」は、魚などを油で揚げて、ねぎや唐辛子と一緒に甘酢漬けにした料理です。
これは魚のマリネ=エスカベッシュが原型。
そのマリネ液の甘酢を「南蛮酢」と呼びます。
「南蛮漬け」も南蛮渡来の料理の1つということです。
※次に述べる唐辛子由来の「南蛮」の意味ではない、ということです。
「チキン南蛮」は、今では鶏の唐揚げにタルタルソースをかけたものと思われていますが、本来は甘酢の「南蛮酢」に漬けた料理です。なのでチキン南蛮は「南蛮漬け」の一種です。
だからタルタルがなくてもチキン南蛮ですし、南蛮酢に漬けないものはチキン南蛮ではありません。
◆唐辛子が「南蛮」
唐辛子は、戦国時代の16世紀に日本に渡来したものらしい。
当初は「南蛮胡椒」と呼ばれていて、現在でも略して「南蛮」と呼ばれています。
面白いことに、胡椒はそれ以前に日本に渡来していたんだそうです。
だから後から来た唐辛子が、南蛮渡来の新種の胡椒として「南蛮胡椒」と呼ばれるようになったわけ。
日本人の感覚では、唐辛子を胡椒と呼ぶのはおかしいように思います。
しかし英語では、胡椒(pepper)と唐辛子(red pepper)はどちらもペッパーで、どちらもペッパーの仲間です。
日本でも、いまも柚子胡椒の胡椒は唐辛子のことですよね。
※「南蛮胡椒」がいつから「唐辛子」と呼ばれるようになったのかはわかりません。
だから、唐辛子を使った料理を「南蛮」と呼ぶことがあります。
唐辛子をすりつぶして漬けた唐辛子味噌を「南蛮味噌」と言うなどです。
◇ネギが「南蛮」?
鴨南蛮の「南蛮」の由来に関して、ネギを「南蛮」という、という見解がネットに多くあります。
鴨とネギを具にした蕎麦が「鴨南蛮」なのだから、南蛮はネギを指すに違いない。
そんな単純な推測から、ネギが「南蛮」だと言っているのでしょう。
ではなぜ、「ネギ」が「南蛮」なのですか?その根拠は?
「江戸時代に来日した南蛮人がネギを好んで、健康保持のために食べたため」(wikipedia)ですって。
はて、さて、この理由はどうでしょうか?
ネギは奈良時代にはすでに日本にあった野菜です。
そのネギのことを江戸時代になって、なぜわざわざ「南蛮」と呼ぶ必要があるのでしょうか。あまりにも当てずっぽうな理由です。
◇鴨南蛮は「なんば」由来?
もうひとつ、「鴨南蛮」は大阪の「鴨なんば」が語源だ、という見解があります。
難波がネギの産地だったので、ネギを使うから「鴨なんば」と呼んだ、というものです。
この見解はかなりいい線です。
ただ「難波がネギの産地だった」というだけでは不十分です。
詳しく説明しましょう。
「難波ネギ」という種類のネギがあります。九条ネギのルーツです。
だから大阪ではネギのことを「なんば」と呼んだようです。
(この点は、さらに後述します。)
「鴨南蛮」は大阪の「鴨なんば」が語源だとするなら、大阪の「鴨なんば」が江戸に渡って「鴨南蛮」になった、ということになります。
もしそうだとすると、大阪の「鴨なんば」は「うどん」だったはずでは?
ところが、現在の大阪でも「鴨なんば」は蕎麦のことです。うどんの場合には「鴨なんばうどん」あるいは「鴨うどん」と呼ぶのが普通らしい。
これは、蕎麦の「鴨なんば」が先にあって、その後にうどんの「鴨なんばうどん」ができたことを意味します。
「鴨なんば」は蕎麦だ、ということならば大阪発祥ではありえないですよ。
うどん主流の大阪に、どこからか蕎麦の「鴨なんば」が入ってきたはずです。
そうだとすると、「鴨なんば」が「鴨南蛮」になった「鴨なんば→鴨南蛮」ということではなく、その逆に「鴨南蛮→鴨なんば」にということに違いありません。
◆南蛮煮の「南蛮」は「難波」
大阪には「難波ネギ」という種類があって、それでネギのことを「なんば」と呼んだ、と書きました。これは確からしく、現在、「難波ネギ」の再興が図られています。
ところで、大坂や上方には古くから「南蛮煮」という根深ネギと炊いた料理があったそうです。⇒なんば・なんばんの呼称:http://www.eonet.ne.jp/~sobakiri/4-3.html
南蛮煮の名は、もとは「難波煮」だったのです。
大阪でのネギの代名詞「難波ネギ」と煮るから「難波煮」。
というわけで、「南蛮煮」の「南蛮」こそ、難波ネギの「難波」が由来だったのでしょう。
ただし現在の「南蛮煮」は、唐辛子を入れて煮た料理や、鳥や魚等を油で炒めて煮た料理のことも指しています。
前者は唐辛子、後者は油で炒めることが、「南蛮」の由来となっていると思います。
ちなみに「根深ネギ」は関東のネギのような白ネギを指し、関西の青ネギのことではありません。
「難波煮」に使われたネギは、根元の白い部分が多い難波ネギが使われていたようです。
なお、白ネギと青ネギの違いは、品種の違い(太い白ネギと細い青ネギ)もありますが、栽培方法の違いによるものです。
白ネギの場合、ネギの成長にあわせて、根元に土を寄せて日光を遮って白くなるように栽培します。
大阪は粘土質の土壌だから根が深く伸びないので白ネギは作りにくいというのは適切ではありません。白ネギの白い部分は、大根やゴボウのように根が地下に伸びていってできるのではなく、地上に伸びる茎に土をかけて白くしているのです。
◆鴨南蛮の「南蛮」
鴨南蛮の「南蛮」は大阪の「なんば」が由来ではなかった。
では改めて「鴨南蛮」の由来を考えましょう。
鴨南蛮の発祥は、大阪ではなく江戸のはずです。
●鴨南蛮の発祥店
江戸での「鴨南蛮」の発祥は、日本橋馬喰町にあった「笹屋」とされます。
その末裔が神奈川県藤沢市の「そば処元祖鴨南ばん本家」。
⇒そば処元祖鴨南ばん本家(神奈川県藤沢市):http://www.kamonan.biz/kamo.html
「鴨南蛮そばを最初に商品化したのは文化年間(1804-18)に江戸馬喰町橋詰にあった「笹屋」というそば屋というのが定説で、『嬉遊笑覧』にも書かれている。
ところが、嘉永元年(1848)刊の飲食店案内『江戸名物酒飯手引草』では、 同じ馬喰町で「鴨(あなご)南ばん」を看板にしたらしい 「伊勢屋」というそば屋が出てくるが、両者の関係は不明である。」という指摘があります。(遊鶴「鴨南蛮」)
先の「元祖鴨南ばん本家」HPによると、笹屋初代・治兵衛は後継者に恵まれず「伊勢屋藤七」を2代目として迎えた、とあります。「笹屋」は「伊勢屋」になった、というわけです。
●「鴨南蛮」の由来
そのHPには、文化年間(1804~18)の江戸で、笹屋初代・治兵衛が、長崎の「南蛮煮」をもとに「鴨南ばん」を考案した、と書いてあります。
⇒そば処元祖鴨南ばん本家(神奈川県藤沢市):http://www.kamonan.biz/kamo.html
なんと「鴨南蛮」の由来は「南蛮煮」なのです!
(なお、「長崎の」とありますけど、「南蛮」の名から長崎発祥だと誤解したのだと思います。先述のように「南蛮煮」は大阪の料理です。)
先に書いたように、南蛮煮=難波煮は、ネギと煮た料理です。
だから鴨南蛮も鴨とネギとを煮ているんです。
こうして難波煮→南蛮煮→鴨南蛮と変化したわけで、鴨南蛮の「南蛮」のルーツは「難波ネギ」ということになります。
だから単純に「南蛮」がネギを意味しているわけではない、のです。
「鳥南蛮」や「肉南蛮」は、鴨の代わりに鶏肉や牛・豚肉を使った料理なので、鴨南蛮と同じく「南蛮」がついているわけです。
肉を使っていることを「南蛮」と呼んでいます。
◆カレー南蛮の「南蛮」
さて、いよいよ「カレー南蛮」です。
●「カレー南蛮」の発祥店
カレーライスが一般に普及するようになったのは1890年代です。
「カレー南蛮」はそれより遅れて誕生します。
かつ丼の発祥店とされる東京早稲田の「三朝(さんちょう)庵」が、1904年頃に「カレーうどん」を売り出しました。
でもこれは、蕎麦ではなく「うどん」で、また「カレー南蛮」という名称ではありません。
「カレー南蛮」の発祥店は、中目黒の朝松庵の2代目が開いた大阪支店、大阪・谷町の「東京そば」です。同店は、1909年に「カレー南蛮」と「カレー丼」を売り出しました。
このカレー南蛮は、「うどん」と「そば」があったそうです。
その評判がよく、その後、1910年に東京の「朝松庵」でも「カレー南蛮」を売り出しました。
「カレー南蛮」の発祥店はもう1つあります。
東京四谷の食料品店・田中屋杉本商店の杉本チヨが、そば店向けのカレー粉を研究して明治30年(1897年)ころに製造をはじめ、1910(明治43)年に「地球印 軽便カレー粉」の名称で商標登録しました。
そして四谷の杉大門通りにある杉本チヨの弟の日本蕎麦店で「カレー南蛮」を売り出し、また「カレー南蛮の素」のカレー粉を販売した、とあります。
⇒元祖カレー南蛮の素杉本商店「カレー南蛮の歴史」
:http://www.sugimoto-shop.com/history.html
「軽便カレー粉」はスパイスと小麦粉を煎り合わせたものでライスカレー用のカレー粉です。「カレー南蛮の素」はさらに澱粉を加えたもので、カレー南蛮用のカレー粉です。
1910年の「軽便カレー粉」の新聞広告には、「友人のところでこのカレー粉を蕎麦に応用したものを食べた」という会話が載っています。
ということは1910年に「軽便カレー粉」を使ったカレー蕎麦があった、ということです。
このときすでに弟の蕎麦店でカレー蕎麦が提供されていたかもしれません。
そうだとすると、「カレーそば」の発祥店といえそうです。
しかしそれを「カレー南蛮」と呼んでいたかどうかはよくわかりません。
「カレー南蛮」という名称は、もっと後になってから使ったのではないでしょうか。
●「カレー南蛮」の「南蛮」の由来
大坂にあった「東京そば」は、なぜ「カレー南蛮」という料理名にしたのでしょうか?
情報がないので、正確なことはわからない。そこで以下のように推測します。
鴨南蛮や鳥南蛮などがあって、「南蛮」という語は蕎麦屋に馴染んでいた。
しかし鳥南蛮や肉南蛮は、鴨南蛮の鴨の代わりに鶏や肉を使ったものだから「南蛮」という語を使います。
しかしカレーを使った場合には、鴨の代わりにカレーだから南蛮ということにはならない。
カレーはイギリスを経由して日本に入っています。
だから外国渡来のカレーを使ったことが「南蛮」の理由ではないでしょうか?
まさに「南蛮渡来」の「南蛮」です。
しかし杉本商店は、鴨南蛮にカレー粉を加えたので、「鴨南蛮」だそうです。
だから「鴨南蛮」が「南蛮」の由来ということです。
ただし同店は「鴨南蛮」の名称の発祥店ではなく、後になって「鴨南蛮」と呼ぶようになったのだろうと思います。
●「カレー南蛮」に長ネギは必須か?
そしもう1つ、長ネギのこと。
「朝松庵」の「カレー南蛮」のカレーには、玉ねぎは入っているけど、長ネギは入っていないみたいです。(実食していないので正確なところは不明)
このことから見て、「カレー南蛮」の「南蛮」は、長ネギ由来ではありません。
ネギが入っていなくてもカレー南蛮なのですから、カレーそば=カレー南蛮ってことになります。
他方、「杉本商店」の「カレー南蛮」は「鴨南蛮」から発生していますから、長ネギが入っています。
いまも蕎麦屋のカレー南蛮に長ネギが入っているのは、これと同じく鴨南蛮に長ネギを入れる蕎麦屋の流儀からでしょう。
◆大阪での呼称
蕎麦の「鴨南蛮」は東京発祥。「カレー南蛮」は蕎麦とうどんが大阪支店で生まれ、東京本店にも伝わった。
鴨南蛮は東京発祥の蕎麦の料理だから、うどんは「鴨南蛮うどん」になり、また大阪では「南蛮」がつかない「鴨うどん」という呼び方が一般的になったのではないでしょうか。
「カレー南蛮」は大阪発祥なので、大阪ではうどんとそばに「カレー南蛮」が使われ、「カレーうどん」とも併存している。
大阪のことは詳しくないので、間違っていたらごめんなさい。
大変 丁寧な しかも 詳細にわたる 説明 ありがとう ございます
感服し また 少しだけでも 覚えようかと おもいました
by 浅井洋 (2021-12-06 18:01)
>浅井さん
ありがとうございます。
書き上げるのに苦労しました。
しかし改めて読み返すと、文章がわかりにくいですね。
by とんちゃん (2021-12-07 17:59)