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箱館五稜郭の中心、箱館奉行所が材料も工法も当時のままに復元されてる! [旅行先]

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実家に帰省するついでに函館観光をしました。
五稜郭タワーに上ってから、五稜郭内へ。

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五角形をしているので五稜郭。

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幕末の1854年(安政元年)、日米和親条約で下田箱館(いまの函館)が開港。箱館山のふもと(現在の元町公園)に箱館奉行所が設置されました。
しかし外国からの攻撃を考慮して、港から離れたここに箱館奉行所を移転。
その際、ヨーロッパの城塞都市をモデルに星型五角形の外堀を築いたことから「五稜郭」と呼ばれました。
1864年に五稜郭と箱館奉行所が完成しました。

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堀を渡って入口へ。

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箱館奉行所への入口。

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かつてここに番所があったことが、発掘調査で確認されたそうです。

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箱館奉行所
すんげぇ立派!w(*゚o゚*)w

実は、こんな立派な建物があることを知らずにやってきました。

五稜郭の築造は1857年から始まり、1864年に奉行所が移転しました。
しかしその4年後の1898年に明治維新となり、箱館奉行所は明治政府に引き渡されます。
そして箱館戦争の舞台となって建物は破壊、1871年に建物が解体されました。

その後、ここは公園となり、建物はありませんでした。
しかし1960年から発掘調査が行われ、2006年から奉行所の復元工事が行われて、2010年に奉行所が再現されていたんです。

140年の時を経ての復元。
しかも同じ場所に、建設当時と同じ材料、同じ工法を用いて、可能な限り忠実に復元するという、すごい復元なんです。

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入館料は500円。

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パンフレットにあった全体図。
公務を行う役所部分の「表役所」と奉行の役宅の「奥向」に分かれていたそうです。

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さすがに奉行所全部の復元ではなく、表役所の一部を復元しています。
それでも約1000㎡(300坪)もの建物が復元されています。

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板の間の廊下。

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使者の間の近くにはトイレも再現されている。

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隣に手を洗うところ。

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板廊下の内側に畳敷きの廊下がある。

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さらにその内側に4間続きの大広間。

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手の込んだ欄間も再現されている。

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大広間の奥に違い棚と床。

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大広間のさらに奥にある表座敷。

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表座敷の床に下がった掛け軸。

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掛け軸をよく見ずにスルーしたんですけど、最後の箱館奉行・杉浦誠の詩が書かれています。

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杉浦の日記の解説を見て、やっと彼が最後の箱館奉行だったことに気が付きました。

箱館奉行所に関わる歴史も面白いですが、建物の復元の仕方にも大いに興味がわきます。
とくに建物は当時の建築方法を極力再現しているのがすごい。

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小屋組みを見せている。建築好きにはこういうのも楽しいです。

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奉行所を出て、正面にある建物も興味深い。

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建物の中は休憩所。

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お土産の販売。

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ドリンクやソフトクリームも販売してます。

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ここは、文書や物品を保管・収納していた板庫を復元したもの。

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休憩所の名は「いたくら柳野」
板庫だから「いたくら」。「柳野」は、五稜郭築造当時、ここは一面が柳の原だったので「亀田柳野」と呼ばれていたからですって。

とんちゃんは感動したのは、この建物の造りが板倉造(板庫造)であること。

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柱の間に厚板を落とし込んで壁にしている。日本に古くからある倉庫の造り方です。
実は、とんちゃんの自宅もこんな造りなんです。

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露出した屋根裏も美しい。
と、感動しているのは家族内ではわたしだけでしたが。

 


 
タグ:観光 北海道
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